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秋田地方裁判所湯沢支部 昭和34年(わ)3号 判決

被告人 村上惣市

昭二・一・七生 薪炭業

主文

被告人を禁錮五月に処する。

本件公訴事実中警察官に対する報告義務違反の点について、被告人は無罪。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の免許を受けて、その運転業務に従事していた者であるところ

第一、昭和三十三年九月二十日午前十時頃小型自動四輪車秋四す一六八四号(以下単に自動車と略称する)を運転して秋田県雄勝郡羽後町仙道方面から相当早い速力で同町西馬音内字元城菅原久治方前路上(幅員約六・七米)に差蒐つた際前方約七、八十米の地点の左側(進行方向に向つて)を自転車に乗つて同一方向に向け進行している佐藤直治郎(当五十八年)の姿を認め、之に追尾するうち、次いで前方約五十米の地点の右側(進行方向に向つて)に、反対方向から一台の自動車が(中村幸一の運転するもの)走つて来て停車したのを認めた。

折柄被告人は、左側前方の佐藤直治郎の自転車を追い越そうとしていたが、その為には先ず左方に自転車を追い越し、次いで右方に前記停車中の自動車と擦れ違わなければならなかつた。それにそこの道路の左側(進行方向の)は左に傾斜しており、かつ砂利敷きであつたので、斯様な場所を自転車で通ることは通常不安定で、動揺し易く、これに近接して追い越す時は往々驚愕、狼狽等により一層動揺して自動車の側面と接触し転倒するなどの事故を起すものである。それで斯様な場合には、運転者たる者は、道幅や、自転車、対向自動車との相互の位置、速力等を考慮し事故を回避するため、それぞれ接触しない様充分の間かくを保持して通り抜けられることを確認した場合でない限り、徐行して一時追越を見合わせ、対向自動車と擦れ違つた後に追い越す等危険の発生を未然に防止すべき業務上の義務があるに拘らず、不注意にも之を怠り、対向自動車にのみ気を配ばり、前記自転車には何等の顧慮も払わず、その間かくを見究めることなく漫然との道の左側に寄つて進行したため、自動車を右自転車に接触させて、乗つていた佐藤直治郎をその場に転倒させ、よつて同人に対し六週間の加療を要する右第八第九肋骨骨折、右肘部、背部打撲及び擦過傷の傷害を負わせ

第二、同日午後六時頃酒気を帯びて前記秋四す一六八四号自動車を運転して幅員五米前後の県道のほぼ中央を時速三十粁位の速力で上笹子方面から秋田県雄勝郡羽後町上仙道字久保十五番地先道路上に差蒐つたところ、六、七十米前方から路上右側(進行方向に向つて)を藤原幹男(当時三年)が、左側(進行方向に向つて)を藤原アサ子(当時六年)が夫々走り近づく姿を認めた。此の様な場合運転者としては、このような幼児は往々自動車の接近に気付いて居りながら危険を無視し、又はこれに関心なく歩行を続け、或は突如として自動車の進路上に飛出したりするものであることは顕著なことであるから、終始幼児の挙動に注意を払い、警笛を鳴らして注意を喚起するとともに、徐行して何時でも急停車出来る様な措置を講じる等事故を未然に防止すべき業務上の注意業務があるに拘らず、不注意にも幼児等の存在には一向意に介せず、従つてその挙動に注意することなく、警笛も鳴らさず、徐行もしないでたゞ慢然進行を続けたため、右幹男がアサ子の合図に誘われ、俄かに自動車の進路前を横断したことに気が付かず、自動車を右幹男に衝突させて転倒させ、約三米引擦り、よつて脳震盪により其の場に即死するに致らせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は昭和三十三年十月十四日湯沢簡易裁判所で、道路交通取締法施行令違反の罪により科料五百円の確定裁判を受けたものであることは検察事務官作成の前科調書によつて認める。

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示所為はいずれも刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に該当するところ、夫々禁錮刑を選択し、以上はいずれも前示確定裁判前の犯罪であるから刑法第四十五条後段の併合罪である。それで刑法第五十条に従い未だ裁判を経ない判示各所為について更に処断することになるから同法第四十五条前段、第四十七条、第十条に則り最も重いと認める判示第二の業務上過失致死罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で量刑するのであるが、犯情について考えるに、本件は各所為とも同日に惹起されたもので、孰れも通行人に対する危険回避の念慮の欠如に基因している。しかも被告人には、更に既に昭和三十二年七月三十日から同三十三年九月三十日までの間に道路交通取締法違反、同法施行令違反の罪で四回も処罰を受けていることに徴すると、如何に遵法精神に欠け、改悛の情の乏しいかを思わせられる。本件各所為も亦此の精神要素の欠如に基くもので、起るべくして起きた悪質事犯と言わざるを得ない。被告人が金四十万円の慰藉料を支払つた誠意は認められるけれども、これは民事事件として当然請求をうけるべき筋合のものであるから、刑事責任としてはこれをも含めた諸般の情状を勘案して被告人を禁錮五月に処し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

(警察官に対する報告義務違反の点についての判断)

なお、本件公訴事実中、「被告人は判示第一記載の通り自動車の交通に因り傷害を負わせながら、その内容を所轄警察署の警察官に報告し、その指示を受ける等法令の定める必要な措置を講じなかつた」旨の道路交通取締法違反(道路交通取締法第二十四条第一項、同法施行令第六十七条第二項該当)の点は、検察官提出の各証拠によつてその事実を認め得るのであるが、裁判官は、法令を適用するに当つては、それが合憲か否かにつき考慮を払うべき権利と義務があると考えるところ、道路交通取締法施行令第六十七条第二項中操縦者の報告義務を定めた部分は憲法第三十八条第一項の規定に照らしその効力が問題であると考えるので次にこれにつき考察する。

一、道路交通取締法施行令第二項は、同令第一項を受けて規定されているものであるから、自動車の交通で人を殺傷した操縦者について見れば同項は、「車馬又は軌道車の交通に因り人の殺傷があつた場合において、当該車馬又は軌道車の操縦者は、直ちに被害者の救護又は道路における危険防止その他交通の安全を図るため必要な措置を講じ終つた場合において、警察官が現場にいないときは、直ちに事故の内容及びその講じた措置を当該事故の発生地を管轄する警察署の警察官に報告し、且つ車馬若しくは軌道車の操縦を継続し又は現場を去ることについて警察官の指示を受けなければならない」ということになる。

二、ところで右に所謂報告すべき「事故の内容」とは如何なるものであろうか、が考究されなければならぬところである。思うに、その範囲については何等定めるところがないから解釈にまかされているものと解するよりほかはない。素朴に考えて、「事故の内容」と言えば普通「誰が、いつ、どこで、どの様にして(どんな態様又は過程を経て)、誰に、どんな傷害を負わせたか(或は誰を殺したか)」という具体的な事実である。従つて本項によれば操縦者自らが自己の操縦行為に因つて(どんな仕方で)人を殺傷した結果までを含めて報告することが義務付けられていると解するのが相当である。そうでなければ警察官には、何のことやら理解できないであろうし、理解出来ないような報告では事故の内容を報告したとは言えまい。結局犯罪の構成事実そのものを述べざるを得ないのではなかろうか。換言すれば報告の対象である「事故の内容」は「犯罪事実自体」であると解される。しかも同項末段によると警察官の指示をうけなければ操縦を続けることも、立ち去ることも出来ないことになつているから、之を併せ考えれば事故現場について相当詳細な供述が強要される結果になると考えざるを得ない。

三、翻て憲法第三十八条第一項を見れば「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定している。そしてその法意は「何人も自己が刑事上の責任を問われる虞のある事項について供述を強要されないことを保障したもの」と解される(最高裁判所昭和三十二年二月二十日大法廷判決集第十一巻二号八〇五頁)。そしてこの保証はその供述のなされる段階が刑罰を目的として進行している犯罪捜査又は公判審理中に限られるべきものではなく、それが刑事手続の過程においても、行政手続の過程においても等しく不利益な供述を強要されないことを保証したものと解すべきである。従つて、「ある事項につき供述を求められる者は、もし該当事項が自己に刑事責任を帰するような不利益な事項にわたるときは、たとえ、その手続が犯罪の捜査を目的とするものでなくともあるいは、その供述を拒みうる旨の特別の規定がなくとも、かかる事項に関する供述を強要さるべきでないこと、いわゆる刑事事件における場合と何等異るところがないのであるから、憲法第三十八条第一項は、かかる不利益供述の強要をも禁止する趣旨であると解すべきであり、憲法第三十八条第一項がアメリカ修正憲法第五条と異り、『刑事々件において』という文言をことさらに用いなかつたのも、不利益供述の強要禁止をいわゆる刑事々件に限局することの適切でないことを特に顧慮した結果にほかならないものと解せられる」(最高裁判所昭和三十一年八月九日判決、ジユリスト第百十八号六十六頁)のである。

四、右の様に強要されないのは拷問、脅迫のように物理的事実的行為によつて許りでなく、法令を以てしても強要できないものとしなければならない。そうでなければ憲法第三十八条第一項は空文となるであろう。何となれば、仮に行政手続過程の強要は許されるものとし不利益供述を強制する規定を定めた場合、この段階における供述をたとえ刑事々件の証拠とされないものとしても、これが必然的に捜査の端緒となり、刑事々件として発展して諸種の証拠が蒐集され、必然的に刑事責任を問われる破目となるからである。故に右の様な行政手続中の供述は自己の刑事責任を問われる虞ある事項についての供述となることを否定できない。

従つて道路交通取締法施行令第六十七条第二項中、操縦者の警察官に対する報告義務は結局自己の刑事責任を問われる虞ある事実の供述を強要されるものと言わざるを得ないから、これを規定する部分は憲法第三十八条第一項の明文に違反し、無効といわなければならない。そうすれば被告人の前記不作為は罪とならないから、刑事訴訟法第三百三十六条前段により、右報告義務違反について被告人は無罪とすべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 藤巻昇)

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